鶴見大学では、
国連難民高等弁務官事務所(略称/UNHCR)駐日事務所と連携して、
3年ほど前から日本に難民申請中の方々を対象に、
歯科診療を無償で提供する共同プロジェクトを進めています。
現在までに診療を受けた患者さんは、世界30カ国、延べ人数で700名を超え、
プロジェクトは難民支援の先進的な活動として、高い評価を得ています。
そこで、UNHCR駐日事務所の小尾尚子副代表と小林馨歯学部長、
プロジェクト責任者の永坂哲・国際交流センター准教授にお集まり願い、
鼎談の形で、「社会貢献における歯学部の明日」と題し、
語り合っていただきました。

120カ国で難民支援の先頭に立つUNHCR

小林 本日はお忙しい中、ご出席をいただき、ありがとうございます。UNHCRとの連携で始めた歯科診療プロジェクトも、3年目に入り、順調に推移しています。
 そこで、このプロジェクトが生まれた背景やその内容、さらには国際化が進む中での大学の役割や社会貢献活動の在り方などについて、ひとつ忌憚のないご意見をうかがいたいと思います。
 その前に、「UNHCRはどんな機関なのか」について、小尾さんの方から簡単に紹介していただけますか。
小尾 UNHCRは国際連合の機関の一つで、第2次世界大戦中にヨーロッパで発生した難民問題を解決するために、1951年に設立されました。 その後、難民問題はアジア、アフリカなど世界各地に拡大。それに伴って、UNHCRの活動範囲も大きく広がり、現在は125カ国で、難民支援の活動を展開しています。
 UNHCRの任務は、大きく分けて二つあります。一つは、人権侵害や内戦などで難民になった方々を保護し、支援すること。もう一つは、難民問題の解決策を模索することです。
 現在の難民問題の中でも最も深刻なのは、中東シリアの内戦で生じた大量の難民問題です。200万を超える方が周辺国に逃れており、UNHCRでは、国連の他の機関やNGOなどと協力して、難民に庇護を与えている周辺国の政府の仕事をサポートしています。
 ちなみに、UNHCRの駐日事務所は、小船で日本に逃れて来たベトナムからの、いわゆる“ボートピープル”の問題がきっかけになって、1979年に開設されました。
小林 79年と言うと、ちょうど私が鶴見大学の歯学部を卒業した年です。確かに当時、ボートピープルが大きな社会問題になっていましたよね。
 ところで、小尾さんはなぜUNHCRに入られたのですか。また駐日事務所の副代表として、今は主にどんな仕事をされているのですか。

世界各地に大量の難民救済の手を待つ

小尾 私がUNHCRに入ったのは、大学3年生の時に、評論家の犬養道子さんの講演を聞いたのがきっかけです。内容は、東南アジアの難民キャンプ訪問記でしたが、その話にショックを受け、難民問題に関心を持つようになりました。
 大学で難民研究を始めたのですが、「現場をまず知るべきだ」との思いが強くなり、UNHCRでの仕事を選びました。
 以来、20数年になりますが、今は駐日事務所で法務関係の仕事を中心に、法的・政策的助言や研修活動などを行っています。
小林 私たちはふだん何気なく「難民」という言葉を使っていますが、国際的には厳密な定義があるそうですね。
小尾 1951年に採択された“難民条約”で、明確に定義されています。それによると「難民とは、人種や宗教、国籍、政治的意見などの理由で迫害を受けるという十分に理由のある恐怖のために、他国へ逃れた人々」と規定されています。
 今、世界にはこうした難民がたくさんいて、救済の手を待っています。

難民申請者の歯科診療を支援

小林 本学がUNHCRと進めている歯科の無料診療は、そうした難民支援活動の一つですが、そもそも何がきっかけで始まったのですか。
永坂 直接のきっかけは、ある日私がUNHCRのご関係者から、日本にいる難民申請者の方々の中には医療保険に入れないために歯科治療を受けられず困っている人がいるというお話を聞いたことからです。日本国内にも母国から逃れて来た難民がたくさんおり、国に難民申請を行って、認定が降りるのを待っています。しかし、難民申請者の大半は、就労ビザもなく、生活に困窮しています。また国民健康保険にも入れないため、病気やケガをしても、なかなか医者にかかれません。
 こうした窮状をみかね、「鶴見大学さんに、歯科治療でのサポートをお願いできないだろうか」というのが、最初の話でした。そこで大学の了解を得て、1年がかりで準備を進め、2010年2月に歯学部附属病院内に「難民支援プロジェクトチーム」を立ち上げました。
小林 そうでしたね。具体的な支援内容はどうなっていますか。
永坂 まず歯の診療を希望する難民申請中の方に、鶴見の歯学部附属病院まで来院してもらい、虫歯や入れ歯など必要な治療を行います。治療は一応、保険が適用できる範囲内のものに限られますが、費用は大学側で持ち、患者さんの自己負担は一切ありません。
 また、中には鶴見までの交通費に困る難民申請者もいます。そこで大学食堂にお願いして、「サポートランチ」という特別メニューも作りました。350円のランチの売上高の中から、一食当たり30円を寄付してもらう。それをプールして、交通費支援に充てています。
小林 それはグッドアイデアですね。「サポートランチ」を食べることで、難民の方への支援が、歯学部や附属病院にとどまらず、鶴見大学全体に広がるわけですからね。
 歯科診療による難民支援が始まって、間もなく4年になりますが、診療実績はいかがですか。

世界カ国、112名の難民申請者を診療

永坂 今年3月末までにアジア、アフリカなど世界30カ国、112名の難民申請者が、附属病院で歯科診療を受けました。何回も通院する方がいるため、延べ人数では780名を超えます。年齢も2〜61歳と幅が広く、中でも30代、40代の働き盛りが最も多くなっています。
小尾 病院での無料診療のほかに、難民が集団で居住するコミュニティへ出向き、検診もなさってますよね。これには私たちも大変感謝しています。
永坂 せっかく難民支援を行うのですから、できるだけ多くの方に歯科診療を受けて欲しい。出張歯科検診は、そんな思いから有志が始め、これまでに埼玉県蕨市のクルド人と千葉県四街道市のウガンダ人の難民申請者コミュニティへ出掛けました。
 もっとも、ここでは歯磨き指導や検診だけで、治療は行いません。ただ、虫歯など症状がひどい患者さんに対しては、鶴見で早く治療を受けるよう、強く勧めています。

埼玉県蕨市中央コミュニティセンターでのクルド人難民のための
本学歯学部RPTメンバー有志による無料歯科検診

難民の歯科診療は建学の精神を体現

小林 実は、鶴見大学には禅の教えに基づく「大覚円成 報恩行持」という建学の精神があります。今はこれと、木村学長が“翻訳”された現代語版「感謝を忘れず 真人となる」「感謝のこころ 育んで いのち輝く 人となる」の両方を使っているわけですが、UNHCRと共同で進めている歯科診療による難民支援は、感謝と奉仕の心を大切にする本学の建学の精神にピッタリ合致します。
 また、命と健康を守り、「社会に貢献することを旨とする」医療人としての使命にも沿うもので、私たちも大変誇りに思っています。
小尾 歯科系の大学や医療機関は、国内にたくさんありますが、専門のスキルを生かして、難民の歯科治療支援に立ち上がって下さったのは、鶴見大学さんが初めてです。その意味でも大変にありがたく、これが良き先例となり、支援の輪が大きく広がれば幸いです。

大学挙げて社会貢献活動の推進を

小林 今、大学は大きな変革期にあり、広く社会に目を向け、社会貢献活動に積極的に取り組むことが求められています。本学でも、歯学部はもとより大学を挙げて、社会貢献活動を進めたいと考えています。そこで、UNHCRとしては大学側に何を期待しますか。
小尾 UNHCR駐日事務所では現在、国内の3つの大学と連携して、「難民高等教育事業」というプログラムを実施しています。
 これは、日本で保護されている難民を対象に、国内で高等教育の機会を提供するために立ち上がったプログラムで、大学側からは授業料免除のほか、生活費の一部援助も提供していただき、難民を受け入れてもらっています。
 鶴見大学さんにも是非、大学の特性を生かした支援を期待したいですね。
永坂 世界の英知を結集する国連の機関と一緒に社会貢献活動ができることは、大学にとっても大変に光栄ですし、今後もいろいろな形で貢献活動を進めたいですよね。
小林 本学の短期大学部には、保育科と歯科衛生科があり、専門の資格が取得できます。日本での就職を望む難民の方には、こうした所で学ぶのもいいかも知れません。大学としても今後、どんな形での社会貢献ができるか、前向きに検討していきたいと思います。
 本日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

 

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