總持寺の深い緑に包まれた鶴見大学。閑静なキャンパスでは、
学生たちが勉学やクラブ・サークル活動に、青春の血をたぎらせています。
限りあるキャンパスライフを有意義に過ごすことは、 就職活動を含め、
卒業後の社会人生活を実り豊かなものにするうえで、とても大切なことです。 
そこで本学を卒業し、社会の第一線で活躍する先輩の皆さんに、
大学で学んだこと、打ち込んだことなど、学生生活の思い出や
卒業後に改めて感じた鶴大の魅力などを語っていただきました。

─初めに卒業年度と現在の勤務先、仕事の内容など自己紹介を簡単にお願いします。

石黒 平成20年度に、短期大学部の歯科衛生科を卒業しました。卒業後は府中恵仁会病院の口腔外科で、歯科衛生士として1年半ほど働き、今は日本歯科大学東京短期大学の専攻科に入り直して、改めて歯科衛生学の勉強をしています。
矢島 同じく短大(保育科)を平成19年度に卒業し、横浜市旭区にある四季の森幼稚園に就職しました。今は子供たちに囲まれ、楽しく先生をしています。

─次は文学部卒の皆さん、お願いします。

森谷 平成20年度に、ドキュメンテーション学科を卒業しました。株式会社IHIに就職し、現在は技術情報センターという、企業内図書室で、司書の仕事をしています。
 図書や雑誌類を管理したり、社内の研究者の求めに応じて文献を検索し、必要な情報を提供するのが主な仕事です。
小野 文化財学科を平成17年度に卒業し、鎌倉市に入りました。今は教育委員会文化財課分室の職員として、市内で発掘調査をしたり、様々な出土品の調査や整理などの仕事をしています。
宮腰 英語英米文学科を平成20年度に卒業して、地元の湘南信用金庫に就職しました。現在は北久里浜支店で、窓口業務を担当しています。
遠藤 平成17年度に日本文学科を卒業しました。臨時教員をしながら、3度目の挑戦で、埼玉県の教員採用試験に合格。今は市立桶川中学校で、国語の教師をしています。1年生の担任です。

─最後になりましたが、歯学部卒の佐藤さん、どうぞ。

佐藤 私は平成12年度の卒業ですから、この中では一番の“古株”です(笑)。歯学科を卒業後、大学院で4年間学び、鶴大歯学部の教員になりました。現在は有床義歯補綴学講座の助教として、主に実習の授業を担当しています。

学生生活の思い出

─では早速、それぞれの大学時代を振り返っていただきましょうか。どのような学生生活でしたか。

石黒 歯科衛生科は授業が過密で、正直大変でした。そのため、病欠で授業に遅れをとらないよう、健康管理にはすごく気をつかいました。でも、学生同士の結束力が強く、落ちこぼれが出ないよう、皆で助け合いました。それがとても良かったと思っています。
矢島 保育科は、授業そのものがすごく楽しかった。ただ、保育園や幼稚園での実習は大変。大学での授業と違い、緊張の連続でした。
 それと学生生活で一番苦労したのがピアノです。私は全くピアノが弾けず、大学で初めて習いました。ピアノができなければ、保育園や幼稚園の先生になれないと思い、必死で練習しました。お陰でピアノも上達し、晴れて幼稚園の先生になれた。鶴大には感謝でいっぱいです。
森谷 ドキュメンテーション学科は、学生の数が少なく、皆がとても仲良しでした。パソコンを使った授業でも、分からないところは、お互いに助け合う。先生との距離も近く、充実した学生生活でした。楽しかったゼミ合宿も、忘れられない思い出の一つです。
小野 文化財学科はマニアックな学科で、古文書の補修など、変わった授業がいろいろありました。中でも一番面白かったのは、野外での発掘実習です。遺跡の中から何が出てくるか? ワクワク、ドキドキ、とても楽しい体験でした。
宮腰 私の学生生活は、一言で表すと“挑戦”でした。大学4年間を漫然と過ごすのではなく、学生時代にしか経験できないことにトライしたい。そんな思いから、特にアルバイトでは、花火の仕込み作業をしたり、縫いぐるみを着たりと、あまり人のやらないことに挑戦。貴重な経験を積むことができました。
遠藤 学生時代の一番の思い出は、4年生の春の教育実習です。港北区の市立城郷中学校を実習先に選んだのですが、そこの実習担当が非常に厳しい先生で、毎日、怒られてばかり。「自分は先生に向いていないのか」と相当に落ち込みましたが、最後にその先生が「よく頑張ったね」と褒めて下さった。
 一時は弱気になり、車のセールスに転向しようかとも考えましたが、実習終了後の先生の一言で「クルマじゃない。やはり先生になろう」と、決心が固まりました(笑)。
佐藤 私の学生生活は「辛さ半分、楽しさ半分」といったところです。歯学部は6年制ですが、前半の3年間は、授業やテストについていくので精一杯。気が抜けない毎日でした。  でも、後半は専門科目が増えて、授業が楽しくなった。実際の患者さんを相手にする5年次の臨床実習は、緊張の中にも、一人前の歯科医になったような気分で、心が弾んだものです。

心に残る授業と先生

─印象に残っている先生や授業はありますか。

石黒 解剖学の後藤先生。授業は専門的過ぎて、難解でしたが、途中で大好きなジンベイザメの話などをされ、とても個性的な先生でした。
矢島 私の場合は、教育原理の山室先生です。教科書なしで授業を始め、「愛について語ります」と、いきなり黒板に「愛とは?」と書き出した時は、皆びっくり。本当に変な先生だと思いました。
 でも、愛を語りながら、実は子供への接し方や叱り方など、保育に欠かせない大切な事柄をたくさん教えて下さった。幼稚園の先生になった今も、当時の授業ノートを読み返して、山室先生の深い教えに学んでいます。
森谷 私の印象に残っているのは、図書館情報学の原田先生。リファレンス・サービス演習という授業の中で、利用者の質問に応えて物を調べ、その結果を相手に分かりやすく説明することの大切さを学びました。それが今の仕事で、すごく役立っています 。
小野 私が好印象を持っていたのは、文献史学・考古学の大三輪先生です。優しさの中にも威厳があり、オーラを感じさせる先生でした。私の勤務地である鎌倉の考古学界では、名の通った先生で、これからいろいろ教えていただこうと思った矢先に、急逝されてしまい、残念でなりません。
宮腰 私の場合は、オリバー先生と法学の中路先生のおふたりです。オリバー先生は大柄で、茶目っ気たっぷり。授業中に突然、日本語で歌をうたい始めたり、休憩時間には私生活のことまで話してくれたりと、親しみやすく、好感が持てました。
 中路先生も気さくな人柄で、個人的にも、いろいろ相談に乗っていただきました。また、授業中に帽子をかぶっていた学生に「帽子を取りなさい」と、毅然と注意された姿が強く印象に残っています。
遠藤 僕が好きだったのは、国文学の内田先生と中川先生。3年次に定年退職された内田先生の授業は、とても温かい雰囲気で、よく褒めていただき、それが自信につながりました。また、授業中に中島みゆきの「時代」のCDを流して、自ら涙するようなユニークな一面もありました。
 もう一人の中川先生は学識抜群。隙がなく、ちょっと怖い感じの先生でしたが、「高校の教師は学力で、中学の教師は人間性で生徒を圧倒すべし」の教えには感銘を受けました。実際、中学の教師になってみて、その言葉の意味がよく分かりました。

─佐藤さんはいかがですか。

佐藤 歯学部は鶴大卒のOBの先生方が多く、どの先生も親身になって、一生懸命、学生の指導に当たって下さった。その面倒見の良さが、強く印象に残っています。
 全国に歯学部は数多くありますが、今は「鶴大を選択して、間違いなかった」と、自信をもって言えます。

鶴大で学んだこと

─ところで、大学で学んだことの中で、自分にとってプラスに働いていること、あるいは今の仕事に直接役立っていることは何かありますか。

石黒 歯科衛生学の松田先生から「若いうちに海外経験を」とのアドバイスを受け、ボストンへ短期留学しました。
 2週間の滞在でしたが、アメリカでは歯科衛生士の地位が非常に高いことを知って驚き、もっとプロ意識を持つことの大切さを教えられました。この留学は間違いなく、私を成長させてくれたと思います。
矢島 保育科の先生たちは、常日頃から「子供を好きになりなさい」「子供の長所を見つけ、褒めてあげなさい」とおっしゃっていました。その教えが今、幼稚園の現場ですごく役立っています。
森谷 ドキュメンテーション学科では、正規の授業の中でインターンシップを実施しており、これが就活などの際にプラスに働いています。私も学生時代のインターンシップが縁で、現在の会社に就職できました。
小野 文化財学科には、壊れた土器を元通りに復元する実習授業があります。そこで土器の破片を一つひとつ順番に接合していく方法を学びました。この経験が今、仕事を円滑に進める上で、大変役立っています。
宮腰 私は大学時代に多くの先生方から、ご自身の歩んできた人生の話を伺いました。その中で、先生方の進学や就職の体験談なども聞けて、とても勉強になりました。
遠藤 僕の場合は、プラスになったことより、後悔の方が大きいですね。今、中学校で国語を教えているわけですが、大学時代にもっと気合いを入れて学んでおくべきだった、と悔やんでいます。できればもう一度、大学に戻って勉強し直したい気持ちです。
佐藤 歯学部の6年間で多くのことを学びましたが、私が最も感銘を受けたのは「人様のために何かをする」ことの大切さです。
 これには建学以来の仏教の精神が大きく影響していると思いますが、例えば、その精神にのっとり、歯学部では難民申請者の歯科無料治療を実施しています。これは鶴大の大きな特色の一つであり、私も一人の歯科医療人として、この教えを大切にしていきたいと思います。

クラブ・サークル活動

─クラブ・サークル活動での思い出はありませんか。

佐藤 私は剣道部で、青春の血をたぎらせました。勉強との両立は大変でしたが、交友関係が広がり、大変良かったと思っています。4月からは顧問に就任し、今も剣道を楽しんでいます。
石黒 軟式野球部で3年間、マネジャーをやりました。初めてスコアを付け、他大学との試合では場内アナウンスも。いい思い出がたくさんできました。
宮腰 バレーボール部で、部長をつとめました。他の学部・学科の人たちと幅広い交流ができ、学生生活がより充実したものになりました。硬式野球部の男子とバレーボールの練習試合をしたことも、楽しい思い出です。
遠藤 僕はその時の硬式野球部員です。練習の合間に、バレーボール部にバレーの試合を申し込み、OKをもらいました。これが縁で双方の交流が深まり、部員同士の間でカップルも誕生しています。

卒業生が見た鶴大の魅力

─さて、学生時代を振り返り、改めて鶴見大学の魅力は何だと思いますか。

石黒 同じキャンパスに短大、文学部、歯学部と、文・理系の3学部があって、幅広い交流ができること。それが鶴大の魅力でしょう。
矢島 總持寺の広大な敷地の中にキャンパスがあり、緑が多く、閑静なこと。保育科の遊びの実習では、鬼ごっこや隠れんぼなど、童心に返って広い境内を駆け回りました。こんなことができる都会の大学は少ないと思います。
森谷 授業中にお寺の鐘が「ゴーン」と鳴り、授業が中断することも。そんな牧歌的雰囲気が私は大好きでした。
小野 学生と教職員、また学生同士の間の垣根が低くて、人間関係がフランクなこと。それも大きな魅力です。
宮腰 一番の魅力は、やはり立派な大学図書館でしょう。居心地が良く、学生時代はよくここで過ごしたものです。
遠藤 同感です。調べ物があって図書館へ行くと、必ず欲しい本がある。課題をやるにも、空き時間をつぶすにも、図書館は最高の場所です。
佐藤 鶴大は、優しさと思いやりに溢れ、それが魅力の一つです。それと歯学部の場合は、臨床実習と研修医療機関としての機能が各段に優れていること。これも大いに自慢してよいことでしょう。

後輩へ贈るメッセージ

 

─話は尽きませんが、最後に後輩たちへメッセージをお願いします。

森谷 社会に出て、英語の必要性を痛感しました。学生時代にぜひ、英語力を磨いて欲しいと思います。
小野 興味を持ったことは、尻込みせずに、どんどん挑戦を。その経験が就活などでも、きっと生きてきます。
遠藤 勉強一筋ではなく、部活にも積極的に参加を。人間の幅が広がり、就活はもちろん、社会に出てからも、何かとプラスになるはずです。
佐藤 鶴大生は育ちがいいせいか、おっとり、のんびり型が多い。熾烈な競争社会を生き抜くためにも、もっと自分に厳しく、時には闘争心をかき立て、強くて優しい人間に成長して欲しいと思います。

─ありがとうございました。

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