沿   革

 

 

 

 

三松幼稚園55年のあゆみ

三松幼稚園は、平成22年に、創立55年目を迎えます。

年 月 日
概   要

昭和3141

三松幼稚園開設(鶴見女子短期大学幼稚園教員養成所設置)三松関総門の手前に伝道館と並んで建てられた。 

2教室 80人初代園長には中根環堂先生が就任された。

昭和334

三松幼稚園園歌が作られた。

作詞は故賀来琢磨先生(元鶴見大学教授)作曲は足羽章先生(学芸大学)

昭和49年2月
歯学部附属病院の増築計画と共に三松関わきから鐘楼堂わきへ移転 プレハブ園舎7教室(大学リズム室)の仮園舎での保育がスタートした。
昭和53年9月
新園舎完成(現在の建物)落成式(96日)
同年9月29日

三松幼稚園から鶴見大学女子短期大学部附属三松幼稚園と名称変更

昭和544
幼稚園収容定員2学級・80人から6学級・240人に変更
昭和554
幼稚園収容定員6学級・240人から8学級・280人に変更
平成11年4月
 鶴見大学短期大学部附属三松幼稚園と名称変更現在に至る〈保育科を男女共学としたため〉
平成22年
創立55年目を迎える

歴代 三松幼稚園園長

 
歴代園長名
在任期間
初   代
中 根 環 堂 昭和31年 4月 ~ 昭和34年11月
    代
三 澤 智 雄 昭和34年12月 ~  昭和42年11月
    代
三 輪 全 龍 (園長代理) 昭和42年11月 ~ 昭和43年 2月
    代 
近 藤 寿 治  昭和43年 2月 ~ 昭和44年 3月
五   代
渡 辺 楳 雄   昭和44年 4月 ~ 昭和47年 3月
六   代
森 田 金 蔵 (園長代理) 昭和47年 4月 ~ 昭和52年 3月
七   代
上 村 映 雄 昭和52年 4月 ~ 昭和61年 3月
八   代
池 田 光 政 昭和61年 4月 ~ 平成 4年 3月
九   代 
横 山 完 雄
平成 4年 4月 ~ 平成 9年 3月
十   代 
松 樹 素 道 平成 9年 4月 ~ 平成10年 3月
十一 代
黒田 眞喜子 平成10年 4月 ~

沿革に関する解説

 総持学園が創立して三十四年を経た昭和三十一年四月に、鶴見女子短期大学幼稚園教員養成所が設置され、同養成所の教育実習機関として、鶴見女子短期大学附属三松幼稚園が設立される。二教室で募集人員八○名でのスタートである。教室は三松関総門の手前に伝道館と並んで建てられ、初代園長には学園長でもあった中根環堂が就任した。
 昭和四十九年二月には歯学部附属病院の増築が計画され、発足当時からの幼稚園園地であった三松関わきから、鐘楼堂わきの地へ移転することになった。
 昭和五十二年五月一日には、待望の幼稚園園舎建築委員会が発足し、新園舎移転に向けての準備が進められ、昭和五十二年九月には、三松幼稚園の教育内容をまとめた「三松幼稚園の教育」が発行される。
 昭和五十三年九月六日に新園舎の落成式を行い、新園舎の完成を機に、一層保育を充実させるため、保育内容や行事などの組織づくりを進めた。
 昭和五十四年には「新編三松幼稚園の教育」、昭和五十六年には「三松幼稚園の教育と計画」がまとめられ、また、「三松新聞」「三松レポート」を発行し、日々の実践研究を公にするなど活発に活動が行われた。この活動により、近年の三松幼稚園の保育内容の基礎が形作られることになる。
 昭和五十五年には三年保育が再開され、組編成も変わり発足当初の二クラスから現在の八クラスにと学級数も増え、隆盛の一途をたどっている。