CLINICAL RELIGION / 臨床宗教師育成事業

終末期を支援する臨床宗教師の育成事業

社会のつながりの中での宗教の新しい位置づけを求めて

平成23年3月11日、東北地方を襲った未曾有の大震災のあと、いち早く近隣の寺社が避難所となっただけでなく、宗教家個人やそれぞれの教団が被災者の方々の心の支えなどで大きな役割を果たし、宗教の社会的貢献が注目を集めました。遡ること22年前の阪神大震災後でも、さまざまな宗教家による宗派を超えたボランティア活動が震災後に直ちに開始され、現在も継続しており、被災者の方達の精神的支柱になっていることも忘れてはなりません。

一方、終末期医療において、無用な延命治療をしない、いわゆる尊厳死を認知・遂行するための法制化の動きが急速に進んでいます。これは日本人の死生観の変化を基礎として、我が国の医療体制の維持や超高齢社会への対応など、決して避けて通れない取り組みと考えられます。厚生労働省による「終末期医療に関する調査(平成22年12月)」では、一般人の70%以上が延命治療の実施に消極的な姿勢をもっていることが示されており、国民一般において尊厳死の選択が支持され、推進されていくと思われます。しかしながら、終末期医療を実施する施設等の体制の整備は進んでいません。体制の不備以上に深刻な問題は、死を受容する患者への精神的な支えや残された家族に対するケアを、誰がどのように取り組むか、不明なままであることです。

公益財団法人日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団が、2011年に全国の一般人約1,000人を対象に行ったアンケート調査で「死に直面したとき、宗教は心の支えになるか」とする問いに対し、全体で約54.8%の者が「支えになる」と回答しています。これは2008年に行った同調査と比較して約15%の増加に達しており、同財団は「これまで宗教に無関心だった人たちでも、死に直面したときにおける宗教の役割を肯定する人が増加している可能性がある」と分析しています。

このような状況の中、宗教学的観点から教育研究機関の新たな試みが始まりました。東北大学においては、終末期医療における患者及び家族並びに医療者へのスピリチャルケアを担う、所謂日本版チャプレンの輩出を目的とした実践宗教学寄附講座を設置し、宗派を越えたチャプレンを意味する臨床宗教師の養成事業を精力的に行っています。終末期医療の現場において、医療者と協働して活動するチャプレンの養成に的を絞って系統的に実施するもので、このような形態で大学が運営するのは初めての試みでした。

本学は医療に係る仏教系教育研究機関として、叙上の取組は、我が国における終末期医療に関連した新たな医療政策への対応として賛同できるものです。このことに鑑み、本学先制医療研究センターは、仏教系教育研究機関としての特長を活かし、大本山總持寺との連携に基づき、曹洞宗修行僧等を対象とした『終末期医療を支援する臨床宗教師等の育成事業』を開始しました。なお、本事業について「終末期医療を支援する」と謳っていますが、終末期医療だけでなく、宗教者と医療者が一体となる人の心の健康への積極的アプローチにより、普段の生活での相談や悩みの支援業務に取組むことを一番の目標としています。

鶴見大学先制医療研究センターにおける取り組みの経過について

平成25年、大学と短期大学部がそれぞれ50周年、60周年を迎えるのに合わせて、周年事業の一つとして、先制医療研究センター公開シンポジウム「終末期における医療と宗教の協働化に向けて」を開催しました(平成25年11月9日)。最先端の歯科医療教育や研究の中心となるべき本センターがこのテーマを設定したのは、今もっとも必要とされている医療は身体だけでなく、心の安らぎをも与えるものでなければならないと考えたからです。このシンポジウムでは、終末期医療におけるグリーフ・ケアに対応する宗教の役割に関する講演に続いて、各講師と聴衆との討論が行われ、緩和医療やグリーフ・ケアに関連する研究事業についての多くの知見を得ました。

これらの成果に基づき、大本山總持寺と鶴見大学との協働事業として「終末期医療を支援する臨床宗教師の育成事業」を開始することとなりました。本事業は、曹洞宗における仏教系医療施設等の設立を将来的に展望しつつ、その結実に向けて、相談者の悲嘆を大きく受け止めることのできる臨床宗教師を育成することを目標としています。

大本山總持寺と鶴見大学の協働による臨床宗教師養成事業

臨床宗教師育成事業の概要としては、大本山の修行僧を対象とした育成基礎課程、ご住職等の実務経験者や育成基礎課程の修了者を対象とした育成専門課程、実際の緩和医療の現場で実地経験を積む育成臨床課程の3課程より逓次的に構成されます。平成26年度より本センターが主体となって、以下を骨子とする育成基礎課程を実施しています。以降に繋がる育成専門課程及び同臨床課程については、他機関と連携しながら準備しています。

臨床宗教師養成基礎課程の概要

(1)目 的:

患者及びその家族が持つ悲嘆や苦しみは多種多様であり、これは、個々の病状や病歴、人生歴、家族歴、性格、死生観、年令、教養、職業、宗教観の有無、その他の社会環境等が背景的な素因となる。悲嘆者の心に寄り添い、その悲嘆の性質を理解するにあたっては、悲嘆者であるその人を知ることが不可欠である。本課程においては、大本山總持寺で修行する若年僧侶を主たる対象とし、「ひと」を知り、その心に寄り添うための基礎的なコミュニケーション能力を講義と演習で学ぶ。これによって、傾聴に必要となる基礎的知識、技能と態度の修得を果たし、ひいては、その後の臨床宗教師としての専門的な養成課程への進路に繋げるものとする。

(2)指導概要:

臨床宗教師養成基礎課程で実施する指導内容については、従前より鶴見大学歯学部の学生を対象に実施してきたコミュニケーション教育に関する実積を参考として、概ね下記の二点に焦点を合わせる。

1)自己の理解を深めること

二人称としての「ひと」を知るにあたっては、一人称の「ひと」たる自己を知ることが不可欠である。すなわち、自身の経験、得意及び不得意な行動、事物や人に対する肯定的あるいは否定的視点と行動との関係などを振り返り、推論的もしくは経験的に自己の課題等を見出して、悲嘆者の心を受け止め、寄り添える傾聴者としての自己の理解を深める。

2)傾聴に求められる態度を身につけること

傾聴とは、窮状におかれた人の思いを聞き入れ、心に寄り添い、その世界に同居することであろう。その人が持つ、恐怖、憤懣、幸福、条理と不条理、憂患、期待、要望などを理解し、感情の動きに配慮し、聴き取る耳を養い、その人の心に寄り添い、その人が望むものが何であるかを理解する力を身につける。

研修実績

平成26年度より「ひと」を知り、その心に寄り添うための基礎的なコミュニケーション能力について、演習を中心に傾聴に必要となる知識、技能と態度の修得を目指した研修を実施しています。平26年度25名、平成27年度26名、平成27年度26名、平成28年度28名の曹洞宗修行僧等らが研修に参加し、修了証が授与されています。

【平成26年度】
計17回

【平成27年度】
計20回

【平成28年度】
計19回

 

シンポジウム

本センターでは、一般の方にもご参加いただけるように、毎年3月にシンポジウムを開催しています。

平成28年度シンポジウムはこちら