緒言

歯科医療の課題

日本国内の歯科医師の数は増加を続け,約10万人に達している。現在の歯科領域の疾患の罹患率の低下は,われわれの先達が予防歯科を実践し口腔ケアを指導してきた賞賛に値する証であるが,同時にそれは従来型歯科治療の減少という歯科医師にとって非常に厳しい時代の訪れをも意味している。新たな歯科医療という意味でインプラントや審美歯科を導入する歯科医師も多いが,“治療”の新技術を導入しても真の職域の拡大にはならず、従来型治療の発展型でしかないと思われる。いまこそ旧来の歯科領域を超えて,口腔から全身を考える新たな領域へと歯科医療の職域を拡大することが不可避である。

歯から口腔へ、口腔から全身へ

医学のトップジャーナルの一つであるNature Medicine 誌に、唾液の有用性が取り上げられ、唾液から全身状態を把握する研究を推進すべきとの記事が掲載されてから数年経つ。このように欧米では歯科医療・医学の新たな展開がすでに始まっており、口腔に症状を発現する疾患やQOL(Quality of Life) を著しく低下させる病態の診断や予防、治療への方向変換が試みられている。先進国では大きな病気の治療は専門医に委ねられ特化される一方で、生活習慣病やありふれた病気(common diseases)への対応とともに、生活の質を上げるためや将来に備えるための医療システムの可能性の大きな柱として、「歯科医療従事者は今、何をすべきか」が問われ始めている。このことから、歯から口腔へ、そして口腔から全身へと、全身と口腔に精通した医療のスペシャリストとしての歯科医師、という役割も、一つの重要な選択肢と考えている。

新たな歯科医療の実践へ

日本で初めてのドライマウス外来を私たちが鶴見大学歯学部附属病院でスタートさせてから14年余りが経過した現在、初診患者数は7,000人を超えており、さらに新たな歯科医療の実践として開設したアンチエイジング外来へは450人が受診している実績から、社会的なニーズに応えることが出来たと自負している。加えて、現在会員数約4,300名のドライマウス研究会を主宰し、日本抗加齢医学会(常務理事)の分科会である抗加齢歯科医学研究会(会員数約2,100名 / 2017年4月現在)の代表も務め、歯科界からのアンチエイジング医学の普及も行っている。

臨床と研究の対話によるリサーチマインドの育成

三次医療機関としての大学病院の使命とは、最先端医療の場であり、治療に難渋している方、精神的・機能的に障害を持っている方、高度な医療機器や医療技術でしか診断・治療ができない方々に満足していただける医療を提供することである。そのためには、常に自らの診療を検証し、新たな歯科医療の探求を模索し、その研究を診療に活かすというリサーチマインドを持った歯科医療従事者を数多く育成することが最も肝要である。そのために本学歯学部と附属病院は、研究を臨床に、臨床を研究に応用・還元させるトランスレーショナル・リサーチによって、真のリサーチマインドをもつ未来の歯科医師の育成の支援を目指している。

研究という試練に学ぶ

研究を続けて行くということは多難の連続である。行った実験が必ずしもすべて結果に結びつくことはあり得えない。その過程で誰もが多くの試練を与えられ、幾度も壁や不条理に行き当たるはずである。大学とは、そんな様々な困難、いわば魔が棲む一種のラビリンス( 迷宮)だと言える。その試練を避けて通り過ぎることも出来るが、何度か困難を経験すると、しかしそれは次第に魅力的な顔を見せ始める。研究とは、必ず出会う挫折や試練とどう対峙し、その都度どう再起するかということの連続である。それは人生と同じ、報われない努力や運不運がつきまとうラビリンス(迷宮)である。誰にでも等しく起こりうる不条理や理不尽とどう対峙しどう再起するか。次代を担う人材の育成の為に、それに力を貸すのも教育であると信じている。