学校法人・総持学園が、ことし創立90周年を迎えました。
大正13年、関東大震災で倒壊した光華女学校の再興を出発点とし、
大正、昭和、平成と激動の時代を経て、今では大学院・大学・短大から
附属中学・高校、幼稚園を開設する男女共学の総合学園に発展。
この間、曹洞宗の大本山・總持寺の懐に抱かれた横浜は鶴見の地で、
仏教の教えに基づく人間教育に力を注ぎ、
幾多の有為な人材を世に送り出してきました。
創立90周年を機に、鶴見大学・同短期大学部の伊藤克子学長、
附属中学・高等学校の中川光憲校長、附属三松幼稚園の山崎和子園長の
トップ3人に、これまでの足跡を振り返りながら、総持学園の教育理念や特徴、
次の100周年へ向けた新たな教育目標などについて語り合っていただきました。
コーディネーターは、鶴見大学の前田伸子副学長です。
前田 本日はお忙しい中、ありがとうございます。初めに総持学園の歴史ということで、大学、附属中学・高校、幼稚園それぞれの歩みを振り返りたいと思います。学園の中では最も歴史が古い中学・高校の方からいきましょうか。中川先生お願いします。
中川 総持学園は大正13年に、光華女学校の再興という形で発足しました。
前年の9月1日の関東大震災で、横浜の大岡町にあった光華女学校が全壊。その再興を当時、曹洞宗大学(現駒澤大学)で教えていた中根環堂先生が託され、先生と大本山總持寺の尽力により、翌13年4月に学校が再建されました。そして、そのまま中根先生が再建校の初代校長に就任し、同じ大岡町にあった總持寺の社会事業会館の一室を仮校舎にして、授業が再開されました。でも、この時に集まった生徒は、全部で16名だけだったそうです。
伊藤 震災の直後ですし、大半の生徒さんが学業どころではなかったでしょうね。
中川 その後、大岡町から鶴見に移転し、大正14年2月には總持寺の開祖・瑩山禅師の600回大遠忌記念事業の一つとして、鶴見高等女学校を新設。ここから学園の新たな歩みが始まりました。
さらに昭和20年に太平洋戦争が終わると、教育制度の改革に伴い、まず22年に新たに鶴見女子中学校を開設。翌23年には戦前からの鶴見高等女学校が、新制の鶴見女子高等学校に生まれ変わりました。以後、平成20年の男女共学化まで、女子校としての中学・高校時代が長く続きます。
前田 中学・高校の歩みは、ひとまずそこまでにして、次は短大・大学の歴史をうかがいましょうか。短期大学が初めて開設されたのは、確か昭和28年でしたよね。
伊藤 今、中川先生からお話があったように、総持学園は女学校から出発し、戦後も長い間、女子中学・高校が学園の中核を担ってきました。
ところが、校長だった中根環堂先生には「ぜひ上級学校を」との強い思いがあって、28年に鶴見女子短期大学が開設されました。この時はまだ国文科のみでしたが、その後、保育科と保健科(現歯科衛生科)を増設しました。残念ながら国文科は平成20年に廃止され、今はありません。
前田 そこから、さらに大学へと進むのはいつですか。
伊藤 短大の新設からちょうど10年後です。社会の高学歴志向を受けて4年制大学への期待が高まり、昭和38年に、文学部のみの鶴見女子大学を開設しました。当初は日本文学科と英米文学科だけでしたが、今は文化財学科とドキュメンテーション学科を加え、4学科になっています。
また、昭和45年には歯学部を新設。今では鶴見大学を代表する学部になっています。
前田 次は幼稚園の歴史を。山崎先生お願いします。
山崎 三松幼稚園が誕生したのは、短大の少し後の昭和31年です。最初は總持寺の三松関総門の脇に、木造平屋建てで、古いけれど大変に趣のある園舎があったのですが、53年に新しい園舎になり、場所も大学の6号館に隣接する現在地に移転しました。
また、昨年は耐震化や木質化工事など、園舎の全面リニューアルを行い、木のぬくもりが一杯の素晴らしい幼稚園に生まれ変わりました。
前田 今のお話で、それぞれの歴史がよく分かりました。 ところで、総持学園は建学の精神・理念として「大覚円成 報恩行持」を掲げています。今はこれを分かりやすくして「感謝を忘れず 真人となる」「感謝の心育んで いのち輝く人となる」と現代風な言い方もしていますが、学園の教育については、どのようにお考えですか。
伊藤 建学の精神にあるように、学園の一番の特質は、仏教の教えに基づく人間教育だと思うんです。
学業に励むことはもちろんですが、仏教の教えや様々な仏教行持を通して、命の大切さや感謝の心を学び、人格を磨いて、社会に貢献し、広い世界で活躍できる人材を育てる。これが“鶴見の教育”であり、幼稚園から大学まで一貫しています。
中川 その通りですよね。「大覚円成 報恩行持」の教育理念は、初代校長の中根環堂先生が掲げられたものですが、特に中学・高校では、この教えを大切にし、日々の学校生活の中で実践しています。
例えば毎日、朝礼があり、生徒たちは黙念したり、般若心経などを唱える読経を行います。昼食の前には必ず、食事をいただけることに感謝し、両手を合わせて「五観の偈(ごかんのげ)」を唱えます。また年間を通して、花まつりや成道会(じょうどうえ)、耐寒参禅会といった諸行持があり、生徒はそれらを通して仏教の心に触れ、情操を磨きます。
伊藤 中学・高校の人間教育って、本当にすごいですよ。私は中・高が鶴見大学の附属校になる直前の平成18年に、校長として赴任したのですが、生徒に接して、もうびっくり。挨拶がきちんとできて、みな礼儀正しいんです。朝礼などで合掌する女生徒の姿がまた美しくて、まるで観音様のようでした(笑)。
山崎 短大や大学にも、昔は朝礼があったんですよね。私は昭和44年に鶴見女子短大に入ったのですが、毎週木曜日に朝礼があり、般若心経などを暗誦させられました。始業前のあの時間は、心が落ち着いて、とても良かったと思っています。
前田 そう。私の時もまだありました。45年に歯学部に入学したのですが、朝礼でお経を唱えなければいけない。大学にまで来て、なぜ朝礼なんだって、最初は反発しましたが(笑)、今思うと、すごく貴重な体験でしたね。
山崎 本当に。朝礼がなくなったのは残念でなりません。
前田 幼稚園の方では、人間教育はどうなっていますか。
山崎 はい、しっかりやっています。三松幼稚園には“仏教保育”という、きちんとした軸があり、毎年、お釈迦様の誕生日の4月8日に始業式を行うなど、折にふれて仏教の教えに基づき、命の大切さや感謝の心を培う教育を行っています。
また年長組になると月1回、幼児坐禅の時間があり、總持寺の僧侶の方々のご指導で、「静」や「無」の時間を体験しています。ですから、うちの園児たちは、年少の頃から両手を合わせて、きちんと挨拶ができる。本当に感心してしまいます。
前田 伊藤先生、短大や大学の方はいかがですか。
伊藤 「宗教学」を必修にして、授業の中で建学の精神について学んだり、新入生全員を対象にした一泊参禅会を毎年、總持寺で行っています。
このほか、年間を通して釈尊降誕会(しゃくそんごうたんえ)や成道会、涅槃会(ねはんえ)といった仏教行持を催していますが、残念ながら学生の関心は高いとは言えません。これからは中・高や幼稚園を見習って、心に響く教育を行っていかなければ、と考えています。
前田 ところで、学園の教育は、初代校長の中根環堂先生を抜きにしては語れません。エピソードも数多く残っていますが、どのような先生だったのでしょうか。
中川 気っ風が良く、豪快な先生だったようです。身長は1メートル60センチ足らずで、割と小柄なのに、声が大きくて、迫力がある。それに強い信念の持ち主でした。
実は、こんなエピソードがあるんです。昭和18年に鶴見高等女学校が失火で焼失した時の話です。教職員がしょげ返っていると、先生が「火事は江戸の華って言うじゃないか。本校はこれを機に、ますます発展していくんだから、みんなくよくよするな」と大声で励ましたそうなんです。すごい先生ですよね。
伊藤 「禅坊主だから」と、学校ではいつも作務衣を着て、自らトイレ掃除もなさっていたらしいですね。
中川 作務衣姿なので、来客から校長とは気づかれなかったり(笑)、校長室に姿が見えないので、探すとトイレにおられた、なんてことがよくあったそうです。
前田 中根先生が亡くなったのは昭和34年。学園の創立35周年を記念した特別講演会の席上だったそうですね。
中川 そうなんです。この時の講演会のゲストは、ノーベル物理学賞を受賞された湯川秀樹博士でしたが、冒頭で中根先生が博士を紹介し、壇上後方の自分の席に戻った直後に、その場で倒れられた。すぐに校長室に運ばれたのですが、そのまま帰らぬ人に。湯川博士は先生の死を知らぬまま、帰られたそうです。
ノーベル物理学賞を受賞された湯川秀樹博士が高校へ講演会に訪れた時の模様
(写真中央・中根先生、左隣・湯川博士)
伊藤 いかにも先生らしい、ドラマチックな亡くなり方ですよね。
それと私には、中根先生を語る時に、どうしても忘れられない言葉があります。「薫習」という仏教の言葉です。
意訳すると、学校はただ教科を教えるのではなく、何かの香りが他の物に移ったり自然に広がっていくように、仏教的な雰囲気の中で生徒が自然に感化され、大切なことを学びとっていく場でなければならない、といった意味になりますが、この薫習こそが、先生の目指された教育なんですね。つまり、中根教育の神髄だと思います。
前田 薫習ですか。初めて聞きましたが、含蓄に富んだ素晴らしい言葉ですね。
伊藤 そうでしょ。創立90周年を機に、この言葉に再び光を当て、その深い意味を学園全体で噛みしめてもらいたいと思っているんです。
前田 学園の教育を特色づけるものとして、もう一つ女子教育があります。女学校時代の良妻賢母を育てる教育に始まり、戦後の女子中学・高校時代まで、一貫して女子の教育に力を注いできました。
ところが、今は女子教育の看板を外し、大学から中・高まで学園全体が男女共学になっています。これについては、どうお考えですか。
伊藤 確かに以前は、鶴見と言えば女子教育。それが学園の代名詞でした。それに固執せず、男女共学化の道を選択したのは、やはり時代の必然だったように思います。
共学化は、まず大学から始まりました。昭和48年に、歯学部が男子学生を受け入れたのに伴い、名称を鶴見女子大学から鶴見大学に変更。さらに25年の時を経て、平成10年に文学部が男女共学になり、続いて短大も男子に門戸を開きました。
中川 中・高の方も大学にならって、平成20年に校名から「女子」の二文字を外し、新たに男女共学校に生まれ変わりました。また、その前年に大学の附属になっています。
前田 男女共学化に当たっては、反対もあったようですね。伊藤 ええ、いろいろと。特に戦前の女学校時代から女子教育一筋で歩んできた女子校ですから、共学にする際は「女子高だから娘を入れたのに…。」と強いとまどいの声がありました。
中川 PTA総会でも反対の声が挙がり、大変でしたよね。
伊藤 初めは保護者だけでなく、生徒の中にも「女子校が好きなのに」という声がありました。でも、時間をかけ、丁寧に説明した結果、最後はほとんどの方に納得していただけた。以後は大きな混乱もなく、順調に共学校になりました。
様変わりした中・高校教育
前田 話は変わりますが、90年の歩みの中で、学園の教育もいろいろと変遷をとげています。特に中学・高校の教育は、昔と比べて、大きく様変わりしているようですね。
中川 男女共学もその一つですが、一番変わったのは、新校舎の建設と、それに伴う教育内容の充実・強化です。
新しい校舎は「教科エリア型」と言って、学校生活の中心となる「ホームベース」を、各教科の「教科教室」が取り囲むオープン方式のユニークな構造になっています。
これまで生徒は、自分の教室で各教科の先生を待ち、授業を受ければ良かったのですが、新校舎では国語、英語など教科ごとに、生徒の方が教科教室を移動して回らなければなりません。つまり、自ら「学びに出向く」ことで、学ぶ意欲を引き出し、学習効果をより高める。新校舎にはそうした狙いがあるのです。
また中・高6年間を2年ずつに区切った「3ステージ制」という新システムを導入し、中・高一貫教育のメリットを最大限生かす取り組みなども積極的に行っています。
前田 最近の中・高は時代を先取りして、教育内容がどんどん進化しているようですね。大学の方はいかがですか。
伊藤 大学はキャンパスの情報システムを一新させました。それに合わせて、学びの環境を変え、ポートフォリオの導入など、教育内容の充実に取り組んでいます。
前田 さて、学園はあと10年で創立100周年を迎えます。そこで今回、次の100周年へ向けて、それぞれが新たな教育目標を作られたそうですね。どんな目標か、ここで披露していただけますか。幼稚園の方からどうぞ。
山崎 幼稚園の新教育目標は「お友だち! お先にどうぞ」です。幼稚園児くらいの年齢になると、幼いながらも他者の存在を意識し、思いやりの心をもって友達に接することができるようになるんですね。それで相手への思いやりや「利他の心」をもった子に育って欲しいとの願いを込めて、こんな目標にしました。
伊藤 簡潔で分かりやすい上に、内容が濃い。とても素晴らしい教育目標ですよね。
前田 中・高の目標は?
中川 「学びの心で世界を変える」です。中・高校生というのは、何でも貪欲に吸収して、グングン成長していける年代なんですね。そこで勉強であれ、スポーツであれ、文化・芸術であれ、これはと思うものに一生懸命打ち込んで、世界を変えられるような大きな人間に成長して欲しい。この教育目標には、そんな思いがこもっています。
前田 では、最後に大学の目標をどうぞお願いします。
伊藤 「未来の自分に、今の努力を贈ろう」。これが大学・短大の新教育目標です。
学生たちは大学を卒業した後は、社会の荒波の中で、自分の力を頼りに、自らの人生を切り拓いていかねばなりません。そこで大学時代から精一杯努力して、どんな事態、困難にも対処できる力を蓄えておく。つまり「レールのない社会で、自分らしく生きていくために、今から備えよ!」と激励を込めて、こんな表現にしました。
前田 では最後に、学園に学ぶ園児、中・高校生、大学生それぞれに向けたメッセージをお願いします。
伊藤 今度は大学の方からいきましょう。私が鶴大生に望むのは、次の三点です。
一つは「地味で真面目で、おとなしい」という世間の評価を前向きにとらえようということ。無理に自分を変える必要はありません。ただ、もう少し自分の殻を破る元気も欲しいとは思いますが。
二つ目は、授業にしっかり出ること。感度の高いアンテナを掲げて授業に臨めば、必ず何かが得られる。そして自分と世界が変っていきます。
最後は、もっとキャンパスの外へ飛び出すこと。ボランティアなど社会の様々な活動に参加すれば、大学生活がより豊かになるはずです。
中川 私は中・高校生に、二つほどメッセージを贈りたい。まず一つは英語力です。グローバル化の時代を迎え、これから世界で活躍していくには、英語が達者でなければなりません。そこで中・高で、しっかり英語を学び、英語によるコミュニケーション力やプレゼンテーション力を大いに磨いて欲しい。
もう一つは、自分の中にある優れた才能(特技)、あるいはやりたい事を早く見つけること。そして才能に磨きをかけながら、自分が進むべき道や夢の実現に向かって、全力でチャレンジし続けて欲しい。それが私からのメッセージです。
前田 山崎先生からも、園児たちにメッセージを。
山崎 では、簡潔に。豊かな人間関係の持てる子に育って欲しいと思います。それにはまず、自分が好きという自己肯定感をもった子でなくてはなりません。三松幼稚園で楽しく伸び伸びと、遊び、学びながら、そんな子どもに育って欲しいと強く願います。
前田 本日は総持学園の教育について多くのお話を頂き、ありがとうございました。