平成29年度春季講演会
『川崎市の文化財保護行政と史跡橘樹官衙遺跡群』

川崎市教育委員会事務局生涯学習部文化財課 小柳津貴子氏
  

文責 3年 池谷 桃子

平成29年度春季講演会は6月3日(土)鶴見大学会館大ホールに於いて、『川崎市の文化財保護行政と橘樹官衙遺跡群』と題し、講師に川崎市教育委員会事務局生涯学習部文化財課の小柳津貴子氏を迎え開催された。

 川崎市及び川崎市教育委員会では史跡の保存活用に向けた様々な事業を行っており、講演は1.文化財保護行政の仕事とは 2.史跡橘樹官衙遺跡群とは 3.今後にむけて、の3つの項目に分けられ述べられた。

はじめに文化財保護行政の立場から考えなければならないこととして、文化財はなぜ保護されなければならないのか、文化財は誰のものなのか、文化財は保存されていればいいのか、の3つの項目をあげられ説明された。

 文化財に関する仕事や勉強をしている人間には文化財を保存するのは当たり前の話であり、改めて説明する必要性を考えない節があるため、文化財を保護する目的を一般の人に対して十分に説明しているかは問い直しが必要である。

なぜ文化財を保護するのか。文化財は国や地域の歴史・文化を正しく理解する上で必要不可欠であり、豊かな心や感性を育む。また、観光での利用や世界遺産や文化的景観、重要文化財や史跡などを核にしたまちづくりを進めることができる。地域が伝統的に守ってきた景観や民俗行事などを共有することでふるさとへの愛着を高めることができ、国民の知的好奇心を満たしていくことで地域経済や社会を活性化させる有力な手段となっている。このようなちからが文化財にはあるので、保存・活用していくことが重要であると考えている。しかし、指定文化財の保存状況の調査に寺社などに伺うと、「文化財は学芸員や専門家だけが取り扱ってよいものであると思われていることもまた事実と感じることがある。

ひたすら保存していくだけでは守れないため、文化財の保護は保存と活用が両輪であることを常に意識する必要がある。川崎市文化財保護活用計画では文化財が人をつなぎ、地域を守り育むまちづくりとして文化財を把握する、文化財を保護活用する、文化財の保護活用を推進するための体制整備、個別計画の策定、関連文化財群/歴史文化保存活用区域の検討・設定の5つの方針をかかげている。現在取組をおこなっている活用の事例として、普段は保存管理上・宗教上の理由などで非公開の指定文化財を所有者の協力を得て一般に公開する事業、博物館やそのほかの施設での文化財の展示、史跡スタンプラリーの開催や体験教室などがある。一つの文化財について様々な角度から調査し全体としての価値を明らかにすることで、保存と活用が行われ、そのことがさらなる文化財保護の意識の醸成へとつながっていく。

つぎに史跡橘樹官衙遺跡群について述べられた。史跡橘樹官衙遺跡群は、古代の日本における地方行政組織として全国に置かれた郡((こおり))の一つである橘樹郡の役所跡である橘樹郡衙跡と影向寺遺跡からなる。「たちばな」を「橘樹」とした理由は、和同6年の好字令によるもので、地名は漢字2文字で表記することと漢字はできるだけおめでたい字を用いることが定められたこと。それらから末広がりのイメージがある「樹」が用いられ「橘樹」となったのではないか。また、官衙とは役所または官庁の建物という意味であり、橘樹郡に関係する役所・官庁の遺跡ということで遺跡名がつけられている。

影向寺は、現在は天台宗の寺院であり「无射志国荏原評(むさしのくにえはらのこおり)(めい)文字(もじ)(かわら)」から7世紀末には寺院が造営されていたことが明らかになった。さらに下層の影向寺遺跡からは、寺院創建以前の掘立柱建物2棟も発見されている。寺院遺構としては、総地業の建物遺跡、塔跡が発見された。

この2つの遺構は古代地方行政組織と寺院との密接な関係性を示すとともに、地方官衙の成立から廃絶に至る経過をたどることができる希有な遺跡である。その成立の背景や構造の変化の過程も判明するなど、7世紀から10世紀にかけての地方官衙の実態とその推移を知る上で価値が高い。日本の歴史を解明する上で重要な遺跡であるとして平成27年3月10日に橘樹官衙遺跡群として国史跡に指定されたのである。

最後に、今後にむけて2つの項目を述べられた。ひとつは保存活用計画の策定である。観光資源としての遺跡、周辺に住んでいる住民にとってかけがえのないもの、愛される遺跡・史跡となるよう、史跡の本質的価値を良好に保存していく。そして地域の歴史・文化・自然を知り社会の活性・発展に寄与する場として、豊かで多彩な公開・活用の促進をめざし、適切な手法のもとに整備する。そのため現在、指定地にかかる保存・活用・整備の基本方針や現状変更の取り扱い基準などの具体的な方法をまとめた行政計画を策定中である。

もうひとつは整備計画の策定である。保存活用計画に基づき、専門家の意見を得ながら、どのような整備を行っていくか十分に議論し、また保存目的整備と活用目的整備をどのように切り分けていくのかが課題である。

橘樹官衙遺跡群は未だ全体像が把握できておらず、都市開発が急激に進むなかでの史跡の保存活用を急いで決定しなくてはならず、計画の策定や史跡整備には、市役所内外の多くの人々との協議や調整が必要であると述べられた。

 講演終了後、質疑応答が行われ活発な意見が交わされた。