平成26年度春季大会

「武田信玄を支えた黄金‐科学調査から甲斐の金生産技術を解き明かす‐」
国立科学博物館理工学研究部科学技術史グループ 沓名貴彦先生


去る67日土曜日『武田信玄を支えた黄金‐科学調査から甲斐の金生産技術を解き明かす‐』と題して、国立科学博物館理工学研究部科学技術史グループ 沓名貴彦先生にご講演頂いた。

山梨では金貨が出土しており、甲州金は重さで価値が変わる。金貨は武田信玄が命じて作ったのではないかと言われている。しかし金貨を作っていたと文書に残されている詳しい生産技術はわかっていない。

16世紀には金山銀山の産出と衰退の時代を日本は迎え、多くの金銀を世界に配給していため、ヨーロッパから「黄金の国ジパング」と呼ばれていた。

金の生産においては、砂金の採集から始まり、のちに柴金とよばれる金の最終地点で金鉱脈を露出掘りだし山金と呼ぶ金鉱石を入手する方法へと変化していったと考えられる。

金は単独で見つかることは少なく金と銀の割合はその鉱脈によって異なるが、金と銀の合金状態で存在するので、金と銀を分離する技術が必要になる。その技術には火を用いない「採鉱」、「選鉱」と、火を用いる「製錬」がある。また、金と銀と銅が含まれる鉱石が産出する場合には、塩を用いる焼金法と硫黄を用いる硫黄分銀法や鉛を用いた銀製錬技術、融点差を用いた南蛮吹の技術を複合的に利用して、金、銀、銅を生産していたことが多くの遺構や生産に関する遺物から確認された。

山梨においても製錬技術解明の手がかりとなるような遺跡から出土した遺物においても同じような情報が得られている。

鉱山遺跡や中世城館、城下町遺跡から金属生産に関連する遺物が出土しそれらの表面から、実体顕微鏡やエックス線、蛍光エックス線(XRF)、エックス線マイクロアナライザー付走査型電子顕微鏡(SEM−EDX)などの分析機器を使用して、金や銀の粒子を確認された。

実体顕微鏡では、遺物に付着する金の細粒子を確認し、エックス線による透過撮影による金属粒子やその他重素類の付着状態の確認を行った。エックス線撮影では金は影となって現れるので、金の成分が確認できる。蛍光エックス線分析(XRF)による金属粒子や重元素類の元素分析では、金粒子に含まれる元素やその周辺に付着する元素がわかり、エックス線マイクロアナライザー付走査型電子顕微鏡では、金粒子の微細観察と元素のマッピング分析を行い、表面に付着する元素の状態を詳細に観察した。

調査対象の金山遺跡では、かわらけの鉱物の付着物、テラスとみられる段々畑、石垣の跡、石臼などがみられる黒川金山遺跡、露天掘り、中坑道、3点ほど金銀の付着物が見られた中山遺跡、表土をめくると
遺構や出土遺物が見られる梓久保金山遺跡がある。

城館遺跡では、水溜と鍛冶遺構が見られた武田信玄のおじにあたる勝沼氏館跡、他の地域のものとみられる銀が出土した武田氏館跡、金と銀の合金が出土し金山と城下町の関係が見えてきた甲府城下町遺跡がありまだ調査中の遺跡が多くある。

山梨では金を生産していたことがわかってきたが、金属生産技術は他の地域ではまだ確認されていない。日本国内での金生産の流れを把握するには、まだまだ研究途中の段階であるので時間がかかるが、
新たな成果が出てくるはずであると講演を結ばれた。

講演後は聴衆との質疑応答が行われた。